おデコくん 『おデコくん』 この呼び方には異議がある。 たった、この五文字の中に、俺の個性と呼ばれるものが全て詰め込まれていると仮定されてしまうからだ。 俺には身体もあるし、おでこを支える頭もある。ちょっと個性的な前髪もあって、おでこだけが俺の全てじゃない。 けれど、社会的に影響力のある人気バンドのボーカリストであり、スター検事でもある彼が呼ぶのだ。世間一般の方々は、俺の事を『おでこ』と認識してしまうだろう。(現に、現場の刑事にデコと呼ばれた事もある。) おデコ弁護士…、敏腕さの欠片も感じない呼び方ではないのか…。だったら髪型を変えろという人もいるのだろうが、それこそ俺の勝手で。どうして、たったひとりの人間の発言で、変更を余儀なくさせられるのだ。 これこそが、個性の侵害と呼べるものなのではないだろうか。 …と、申し立ててみたものの、呼ばれるのが嫌いな訳じゃない。 勿論自虐趣味ではなく(俺は手を出されたら握り返すタイプだと自負している)呼ぶ側の問題だ。 少しだけ小首を傾げるようにして、目を細めて嬉しそうに呼ぶ。背中から声を掛けられた時には、振り返ると微笑んだ彼がいる。それだけで、俺はまぁ良いかと感じてしまうのだ。 考えてみると、相当頭の可笑しい話だ。 かと思えば、少し声を荒げて呼ぶ時もある。審議に苦情がある時や、意にそぐわない事が起こった時には、語尾が跳ね上がる。 さあ、聞けと言わんばかりに、呼ばれた後は愚痴の嵐だ。 こういう時の彼は、普段以上に人の話を聞いていない。並べたいだけ、言葉を並べてから最後に「どう思うんだい、おデコくん!」これが決まり文句。 けど口を開こうとした俺を制し、意見なぞ聞きもせずに続けて捲し立てる。何がしたいんだアンタと言いたくなる事も屡々だ。 それでも言うだけ言えば、それで満足するらしくて尾を引く事も無い。愚痴をこぼすのは一種の甘えだって事がなんとなくわかるから、可愛いなぁと思う事はあっても不快になる事はない。 上がるだけじゃなく、語尾が少し下がる時だって勿論ある。 これは大概、俺から仕掛けた時だ。 怪訝そうに眉を潜めて、口元を不愉快だと形にする。なのに、頬は赤みを帯びていて、落ち着きなく前髪に指を絡めていたりする。 「お…デコく……。」 途切れ途切れで、咎めるように低く呼ぶ声には艶が含まれていて、場所も時間も弁えない俺の腰を直撃したりする。伏し目がちの瞳は長い睫毛の陰影に揺れて、目眩を起こしてるんじゃないかと錯覚するほどだ。 『男の子に見つめられるのは初体験』 などと、どうにも自覚のない台詞を考えてみるに、他の奴らには(絶対)見せたくないと断言出来る。犯罪を誘引していると断罪されても仕方ないと思う。 アンタが気付いてないだけで、どんだけ無防備なんだとお仕置きをしてやりたくなる。…いや、待て待て、これじゃあ、俺が犯罪者だ。 結論は、彼が呼ぶ限り俺は嫌じゃないって事。たったひとつだけを除いて、の話しだけれど。 刑務所の面会室で、俺を呼ぶ声だけは嫌いだ。 何度も脚を運んでいる牙琉検事に比べて、俺は一度しか会いに行っていない。正直に言うと二度と会いたいとは思わない。先生が、本当に先生では無くなっていたから。 でも彼は違う。こうして面会室の扉から酷く辛そうな顔をして出て来るんだ。涙を浮かべている事だって、珍しくない。 行くなと言った事もあるけれど、『兄弟だから仕方ないよ』と譲らなかった。 「…おデコくん。」 俺に気付き、表情を改めてから呼ぶ声が、どんな責め苦よりも辛い。自分の無力さに怒りすら感じる瞬間だ。 それは、俺の名前をスイッチにして、彼が己の心に幕を引いてしまうから。 全てを吐き出すまで、彼の悲しみを支えてやることも、世論の糾弾から守り抜く事も俺には出来ないって現実を思い知らされる。 「おデコくんがいてくれて、良かったよ。」 俺の肩口に額を押し当てる男に、嘘をつけと言ってやりたくなるけれど、上げた顔は本当に穏やかな笑みを浮かべているから何も言えなくなる。 「…牙琉検事。そのおデコくんっての止めません?」 「なぜだい? 可愛いじゃないか。」 「名前を呼んで欲しいんですけど、響也さん。」 そう告げた途端、あるまじき人のようなリアクションで狼狽える。 「そっ、そんなの、まるで恋人同士みたいじゃないかっ。」 …照れ隠しらしき彼の言葉に、現実ってものを(とことん)思い知らせてやりたいと心の奥底から思った王泥喜法介だった。 〜fin
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